厄除けの寺 由加山蓮台寺 岡山県倉敷市
当山の開基は今から千三百年前。奈良時代、行基菩薩が全国行脚の途中、このお山のふもとに足を止められました。
深い禅定に入ったところ、ここは大変聖なる神聖な山であると感得し、山中にある光る香木をもって本尊・十一面観世音菩薩、そして阿弥陀如来、薬師如来の二尊を鎮守・瑜伽大権現としてお祀りしました。行基自ら写経した大般若経典六百巻を地に埋め、その上にお堂を建立したのが始まりとされています。
鎌倉時代に入ると、密教は衰退の一途をたどっていきました。そんな歴史の大きなうねりのはざまにあった時代に生を受けたのが増吽(ぞううん)でありました。
戦乱によって荒廃の極みにあった寺院復興を発願し、百三十七ヶ寺の復興を果たされました。瑜伽山蓮台寺もその中の一ヶ寺であり、応永二年に入山。時の住職として寺門の興隆に尽力し、蓮台寺の基礎を築かれました。復興されたのちは内海随一の聖地として栄えました。
備前藩主池田家がこの地方を領有していた頃、代々の君侯は瑜伽大権現の帰依が大変篤かったことから、当山は数々の寺領を賜りました。
本殿、拝殿、客殿そして名刀をはじめ数々の書画を藩主より寄進されました。正月、五月、九月には必ず藩主自ら参拝されました。また、金毘羅大権現(象頭山松尾寺)と瑜伽大権現蓮台寺の二ヶ寺に参拝する「両参り」が民衆の間で定着し、大変な賑わいを見せました。
新政府による神仏分離令が発布。廃仏毀釈、修験道の禁止に伴い、多くの文化財が失われる困難な時代を迎えました。
当山も例外ではなく、瑜伽大権現をお祀りしていた拝殿が政府により没収されました。しかしその中でも多くの檀信徒のお力により、瑜伽大権現のご本尊を守り抜くことができました。明治三十年の古寺社保存法の制定により、拝殿建物以外の境内地は蓮台寺一山として保存されることとなりました。
大正、昭和を経て、平成九年までは全ての堂宇を蓮台寺が一山としてお祀りし保存してまいりました。平成九年以降も、歴史ある建物や伝統を蓮台寺が大切に守り伝えています。
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